TOKYO2020 パラリンピック対談
スポーツや芸術活動を通じて障害者が自己表現する場を広げる
第1回(2015年3月18日) 牧阿佐美さん:バレリーナ、振付家
対談シリーズは動画でもご覧いただけます。(下記リンクから新しいウィンドウで開きます)
体を作るには長い時間がかかる
写真:対談ゲスト牧阿佐美さん(右) 聞き手小倉和夫(左)
小倉 オリンピックの開催に関して、問題視されることの一つに、行き過ぎた商業主義があります。オリンピックのあり方として、かつてはアマチュアリズムが尊重され、競技を通してお金を稼いだり宣伝に使ったりするのは良くないことだと言われていました。しかし最近では全く逆になってきて、なるべく多くの企業にスポンサーになってもらった方がいいというようになっています。
牧 そうですね。選手に関しても、競技によってはプロのトッププレイヤーが数多く参加していますね。
小倉 パラリンピックの方は障害者のスポーツなのでアマチュア選手も多くいるようですが、国や種目によってはプロフェッショナル化が進んでいるのも事実です。今後はプロとアマの関係というのはオリンピックに近いものになるかもしれません。バレエ界では、プロとアマの関係はどうなっていますか?
牧 プロとアマの違いって大きいですよ。技術的にはプロに近いアマチュアの方もたくさんいるのですが、バレエは技術だけではありません。音楽や作品を解釈して表現する力が重要になってきます。プロになるためには、その両方を持っていなければなりません。最近の傾向として、少しプロ寄りのアマチュアが増えてきているように思えます。アマチュアの良さというのもある程度残した方がいいので、そのバランスが難しいですね。
小倉 日本ではプロのパラリンピック選手はほとんどいませんが、海外には結構いるのです。そこで何が起こるかというと、精神面での差が勝負に出てくる。プロでやっていると、自分の生活がかかっているので、精神的な入れ込み方が違ってくるようです。日本の場合、皆さん非常に一生懸命やっているのですが、いざ試合になると精神的な面で外国人選手、特に欧米選手に負けてしまったという方がけっこういます。プロ意識ということに関して、バレエの世界ではどうですか?
牧 プロになる人たちって精神的に本当に強いです。途中で止めるということはなく、自分で最後までとことんやり抜く。バレエの場合、基礎の体を作るのに時間がかかります。10年ではアマチュアで、30年ぐらいかかる。20年ぐらいするとだんだん良くなってくるのですが、全員がプロになれるわけではありません。
小倉 厳しい世界ですね。
牧 バレエの場合、体から無駄なものをそぎ落とし、中から体をきれいにしないといけません。こうした体ができて初めて様々な表現が可能になります。ただ単に喜んで踊っても、誰も感動してくれない。そうした基礎をしっかり勉強するためには相当強い忍耐力、精神力が必要です。
小倉 最初からプロになろうと思って入門するわけですか?
牧 そうです。小さい時からプロになろうと思ってやってくる人が多い。もちろん趣味として楽しむ方も多いのですが、最初からプロを目指す人が増えています。新国立劇場ができて、いろいろとバレエを見る機会が増えたためだと思います。
呼吸法が体を鍛え、感性を磨く
小倉 パラリンピックに出場した日本選手の感想文を読んでいると、「競技の技術力では遜色はないけれど、基礎体力で負けてしまった」と言っている人が多い。これは企業などに勤めて、その道一筋とはいかず、練習時間も週末しかないというような方が多いからだと思います。基礎体力の訓練に関して、バレエではどのように行なっていますか?
牧 私たちはルイ14世の頃に作られた基礎訓練をいまだにやっているわけですが、それがバレエダンサーの体をきれいにして強くするには一番いい方法です。バレエのバーを使った訓練をアメリカのバスケットボールのチームが採用して、足腰を鍛えるのに役立ったという報告がありますが、それだけ基礎体力を養うには適しているのです。それから大切なのは呼吸です。
小倉 呼吸ですか?
牧 長く静かに呼吸できるようになると、それが筋肉を鍛えていきます。呼吸がきちんとできている子の筋肉は細いのですが強い。太いから強いということはなくて、細くても強いのです。そうした呼吸ができている子は音楽への感性も磨かれていきます。
小倉 日本の伝統芸能でも呼吸は大切だと言いますね。能でも鼓と謡を合わせる時には呼吸で合せていくと言いますから。
牧 バレエでもダンサーたちの呼吸が揃っていれば、いつでも合わせることができます。踊っている最中でもよくものが見えて、自分が多くの人の中でどんなことをやっているのかを理解できるようになると、呼吸も楽になり体も柔らかくなっていきます。
心のバリアフリーが大切
小倉 目の見えない方のバレエのグループはありますか?
牧 日本にはないのですが、アメリカにはそういうグループがあるそうです。ただ、クラシックバレエではなく、モダンバレエです。与えられた情景を思い浮かべながら、自由に創作して踊るようです。
小倉 耳の聴こえない方がバレエを踊るということはあるのでしょうか?
牧 バレエは音楽に合わせて踊るので、難しいでしょうね。でも新国立劇場のバレエ研修所では年に1回、耳の聴こえない小さなお嬢さんたちに研修所の発表会を見てもらい、その後でバレリーナたちとスタジオでバーを使って一緒に踊ってもらっています。耳は聴こえないのですが、みな喜んでやっていますね。目が見えなくても耳が聴こえなくても、体を動かすことが好きなのだと思います。できる範囲で、いろんな感動を覚えながらダンスを楽しむというのは大切なのではないでしょうか。
小倉 視覚障害、聴覚障害の方のダンスは見たことがないのですが、知的障害の方のダンスは見たことがあります。グループもいろいろあるようですね。
牧 障害があっても、みなさん踊りたいという欲求はあります。上手とか下手とか考えないで、体を動かすこと自体が快感なのだと思います。
小倉 今度の東京大会では、障害者と健常者のバリアを取り払って、一緒に何かできないかという意見が出ています。オリンピックとパラリンピックでは運営方法が異りますが、同じような精神でやったらどうかと。選手の方も一緒にプレイしたらどうかと言う人さえいます。
牧 私の知り合いに、年をとって視力を失ってからも踊り続けるキューバ人のバレリーナがいます。彼女は国際バレエコンクールの審査員も務めています。まったくの全盲というわけではなく、うすぼんやりとは見えるらしいのですが、この人の採点が素晴らしいのです。本当に勘のいい人で、私たちが見てもいいなあと思うダンサーに対してはきちんと評価する。もしかしたら見えるのではないかと思うくらい的確なのです。
小倉 そういう方がいらっしゃるのですね。
牧 彼女の存在を目の当たりにして、障害者の方に対する意識がずいぶんと変わりました。
小倉 障害者に優しい街づくりなどハード面のバリアフリーとともに、そうした心のバリアフリーというのも重要です。
牧 社会の第一線で活躍する障害者の数が増えてくれば、私たちの意識も自ずと変わっていくのでしょうね。ですから、企業などでもできるだけ多くの障害者の方を雇用して、実力に応じたポジションを用意したら、日本社会もだいぶ変わると思います。今度のパラリンピックがそうしたことの契機になればいいですね。
芸術活動を通じて、障害者の自己表現を
小倉 車椅子ダンスがパラリンピック種目の候補に挙がっています。芸術活動かスポーツかということで議論が分かれているようですが、車椅子でバレエは可能ですか?
牧 車椅子でバレエ独特の動きを表現するのは難しいと思います。
小倉 義足の方はどうですか?
牧 義足ですとある程度可能だと思います。
小倉 義足も進化していますからね。今話題になっている義足のランナーがおりまして、この人がオリンピックのランナーとほぼ同じスピードで走れると言いますからね。
牧 そうした義足をつけて、練習を積めば健常者に近い動きも可能だと思います。
小倉 まだ義足のバレエダンサーはいないのですか?
牧 日本にはいません。でもバレエを教えている方はいらっしゃいます。バレエのステップ名を言いながら、手で表現して教えています。それに義足ではない足の方で表現することもできますから。教師としてはいるのですが、舞台に立つ人はまだいないです。
小倉 海外ではどうですか?
牧 義足のバレエダンサーの発表会があるという話は聞いたことがありますが、プロの方はいないようですね。
小倉 障害者を主人公にしたバレエ作品というのはあるのですか?
牧 英国ロイヤル・バレエ団のレパートリーに、すこし知的障害がある、天真爛漫な子どもを主役にしたものがあります。フレデリック・アシュトンの作品で『ラ・フィユ・マル・ガルデ(リーズの結婚)』です。牧阿佐美バレヱ団のレパートリーにもなっています。でも義足の方が主人公のバレエはないですね。
小倉 それなら、ぜひ一つ創作していただいて(笑)。
牧 義足の方を主役にしたバレエを、義足のバレエダンサーたちが踊ったら素敵ですね。
小倉 かつて障害者はなるべく表に出さないようにしようという考え方が日本では主流でした。そのため障害者自身も周囲の方も障害者が表に出て活動することに抵抗がありました。しかしそんなことではいつまで経っても、社会の中の立派な一員として活躍していただけるようにならないというので、障害者は隠さないで表に出て積極的に活動してもらおうという考えに変わってきています。そういった意味で、障害者の方にスポーツや芸術活動などを積極的に行なっていただき、自己表現の場を広げていってもらいたいですね。
牧 パラリンピックに向けて、そうした動きがさらに活発になっていくといいですね。
小倉 最近では、義足や車椅子の方のファッションショーなどが開催されるようになってきています。今後は、芸術活動やスポーツ活動を楽しむ障害者の方のアクティブな姿を通じて、「障害を持った方はむしろ美しい」といった新しい価値観や美意識を育てていくことも必要だと思います。
【Profile】
牧阿佐美
新国立劇場バレエ研修所長。1956年、母橘秋子と共に牧阿佐美バレヱ団を設立。1971年より、牧阿佐美バレヱ団主宰者、橘バレヱ学校校長として、日本を代表する舞踊手を数多く育成、振付家としても活躍している。1999年、新国立劇場舞踊芸術監督に就任。2008年、文化功労者に選ばれる。
小倉和夫
日本財団パラリンピック研究会代表。1938年生まれ。外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長などを歴任。2020年東京オリンピック・パラリンピック招致では評議会事務総長を務める。青山学院大学特別招聘教授。