TOKYO2020 パラリンピック対談

さまざまな"伴走者"が東京パラリンピックを成功に導く

第5回 増田明美さん スポーツジャーナリスト、大阪芸術大学教授

対談シリーズは動画でもご覧いただけます。(下記リンクから新しいウィンドウで開きます)


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■感動的だったロンドン・パラリンピック

対談の様子 写真右 増田明美さん 写真左 小倉和夫パラリンピック研究会代表写真:対談シリーズ第5回 増田明美さん(右)と小倉和夫(左)

小倉 増田さんはこれまで数多くのオリンピック・パラリンピックを現地でご覧になってきたと思いますが、特に印象に残る大会は何ですか?

増田 何と言っても、2012年のロンドン・パラリンピックです。スカパー!の仕事で2週間滞在し、あちこちの会場をレポートしました。どの競技会場も観客席が満員で、それが一番感動的でした。子どもたちがどこでも前の方の席に座っていましたね。水泳競技の会場では、選手がターンをした瞬間に「すごく速いね、かっこいいね!」って小学生がごく自然に会話を楽しんでいて、応援する文化のレベルが高いなと思いました。

対談ゲスト 増田明美さん写真:スポーツジャーナリスト、大阪芸術大学教授 増田明美さん

小倉 みんなで観戦を楽しんでいる雰囲気でしたね。

増田 本当にそうでした。それからびっくりしたのは、シッティング・バレーの会場です。選手の皆さんがさっそうと登場してきて、競技が始まる直前に義足を外し始めるんです。まるで靴を脱ぐようにして、それを籠にいれる。私には初めて見る光景でしたが、観客の皆さんはごく当たり前のものとしてご覧になっている。そうした驚きというのが全部目に焼き付いています。

小倉 私は、開会式と柔道の会場にしか行くことができませんでしたが、目の見えない方の柔道には独自の形なり、技がきれいに決まったりするところがあって、とても面白いと思いました。

増田 車椅子マラソンでは、がたがたの石畳に選手がかなり苦労していました。

小倉 転倒する選手もいたそうですね。

増田 東京の道路は路面がいいので、2020年では転倒は少なくなると思います。

小倉 でも雨が降ると、大変ではないですか?

増田 車輪の素材などを工夫されるとは思いますが、健常者のマラソンに比べたら、大きな負担になるでしょうね。東京大会では、暑さ対策で保水性の高い道路にするという話もありますから、いろいろと対策を練らないといけないでしょうね。

小倉 なるほど、それは面白いポイントです。

増田 それからロンドン・パラリンピックで感心したのは、ボランティア・スタッフの対応の良さです。ピンクのビブスをつけたボランティアの方が、ほとんどの大きなバス停にいらっしゃいました。

小倉 ほんとうに大勢のボランティアの方が活躍していましたね。

増田 彼らが道案内や観光案内を完璧にされたことにも感動しました。


多くのランナーに伴走者を体験してもらいたい

小倉 増田さんはブラインドマラソンの伴走者をおやりになっているそうですね。

増田 代々木公園で、日本盲人マラソン協会の方が毎月第一日曜日に伴走者の指導を行っていて、ここに参加していろいろと教えていただきました。参加して初めて知ることが本当にたくさんありました。盲人ランナーの方は、横をすり抜ける自転車や、曲り角や段差などに対して、常にびくびくしながら走っているんです。それで足の前側の筋肉が張ってしまうらしいのです。だから、私みたいなおしゃべりは伴走者には合っているらしいんです。常におしゃべりして周囲の状況を詳しく伝えるようにしています。

小倉 ランナーの方とは、紐を握りあって走るのでしょう?

パラリンピック研究会代表 小倉和夫写真:日本財団パラリンピック研究会 小倉和夫

増田 そうです。その紐の持ち方も難しくて、あまり近くに持ちすぎると自由に動けなくなるし。そのランナーにあった距離感があるんです。それから、普段は杖を持って歩かれている方が多いので、大きく手を振って走れることが何よりも嬉しいんですって。だから、紐を持ってなるべく手を振らせてあげるようにすると、いい伴走ができます。

小倉 遅くなっても、ペースが合わなくてもだめでしょうし、とても難しそうにみえます。伴走者を育てるのも大変ですね。

増田 伴走者の講習に時間はそんなにかかりません。1時間半ぐらいの講習を2、3回しっかりと受ければできるようになります。あとは場数を踏むことです。走るのが好きな人は、伴走すると別の楽しさを発見できますから、多くのランナーに体験してもらいたいですね。

小倉 東京マラソンに3万人以上の方が参加しているわけですから、そこから数%でも伴走者になる人が出てくるといいですね。ところでパラリンピックではどんな人が伴走者になるのですか?

増田 元オリンピック選手クラスの人が伴走者になります。

小倉 パラリンピックでは、伴走者にもメダルが与えられると聞きました。

増田 そうです。2人の息があってこそのメダルですから。会話のリズムと走るリズムが合ったら、もう抜群にいいですよ。でも相手がおとなしい方ですと、私みたいなおしゃべりはノーサンキューって言われることもありますね(笑)。


競技団体のサポートが重要

小倉 増田さんは障がい者スポーツ協会の評議員をされていますが、障害者スポーツの現状をどのようにご覧になっていますか?

増田 この前ちょっとショッキングなことがありました。車椅子アーチェリーの男子選手でかなり有名な方が、これからリオ・パラリンピックの出場資格をかけたドイツの大会に出場するというのです。おそらく世界選手権だと思いますが、その大会に自腹を切って行くというのでびっくりしました。それを聞いて、障害者アスリートの置かれている厳しい現実を目の当たりにしました。

小倉 本来なら、障がい者スポーツ協会なりが資金も人も用意して競技団体を助け、それぞれの競技団体が選手をサポートしなくてはならないのでしょうが...。

増田 そうもいかないのでしょうね。

対談の様子写真:対談の様子

小倉 日本財団パラリンピック研究会を立ち上げたのも、そうした問題意識があったからです。各競技団体を調べてみると、みなさん非常に一生懸命やっていらっしゃるのですが、規模が小さく、お金もない、スタッフもいないという現実が分かったのです。場合によっては、自宅の一角に事務所を構えて、私費で運営している団体もありました。選手育成にお金が出せないのも問題ですが、それ以前に競技団体自体の体質がぜい弱なのです。

増田 そこを何とかしないと、障害者スポーツの発展は望めませんね。

小倉 そこで、日本財団の支援でパラリンピックサポートセンターを作ることになりまして、各競技団体の手助けをさせていただくことになったのです。例えば、海外からルール改正の書類が届きます。それを翻訳するにしても一人しかスタッフがいないような団体ではお手上げですから、そうしたことも含めてサポートしていこうと思っています。

増田 どこの団体も人手不足でしょうからね。

小倉 選手の強化費の補助を申請しようと思っても、手続きだけでも大変で、専門家の手助けが必要です。それ以外にも、税理士や会計士なりを紹介するようなサービスも考えています。

増田 それは競技団体にとって、とても有難いことですよ。


障害者アスリートと企業の関係

小倉 2020年のパラリンピックに向けて、これから何が必要でしょうか?

増田 選手の発掘をもっと積極的に行なっていくべきだと思います。例えばアメリカでしたら、戦争などによって怪我をしてしまった人がパラリンピックを一つの目標にするということがあると思いますが、日本ではそうもいきませんから。

小倉 お国のために一生懸命戦ってくれた軍人さんが怪我をしたのであれば、国家としてパラリンピックをサポートしていこうと機運が盛り上がります。しかし安心、安全、平和な日本では、障害を持たれた方をみんなで支援しようとは考えますが、国家の問題として捉えることがどこまでできるか、若干不安もあります。そういった意味で、パラリンピックに向けて国民の意識を他国のように高めるのは難しいという側面があるのも確かです。

説明する小倉代表写真:身振りを交えて説明する小倉代表

増田 それから障害者アスリートのキャリアパスの問題も考えていかなくてはなりません。選手たちが引退後どんな生活を送っていくかを考えてあげないと、目の前の練習にも集中できません。

小倉 海外では、多数のプロ選手がいます。彼らは現役を引退した後で、コーチや監督になったり、学校の先生になったりします。ところが日本の場合、プロに近い方でも企業に勤めておられる。そうすると選手生活が終わった後、やはりその企業の中で役に立ちたいと考えるようになります。

増田 選手の中にはプロでやっていきたいと思っている人もいるし、企業に属しながら引退したらセカンドライフは仕事の方でキャリアを積んでいきたいと思う人もいます。両方に応えられるようなサポートができるといいのですが、なかなか難しいですね。

小倉 それで一つの解決策として、実業団対抗みたいな形でサポートをできないかと思っています。

増田 野球の実業団リーグやマラソンの企業対抗駅伝のようなものですか?

小倉 障害者アスリートの社会人リーグが行われるようになると、わが社の誰々さんが出ているということで会社もバックアップする。そういうチームが数多くできれば、監督やコーチも必要になります。選手生活が終わっても、企業に属しながらスポーツと関わっていけるようになると思うのですが、いかがですか?

増田 いいですね。ただ、景気や業績が悪いとそうしたスポーツ部門が最初に予算をカットされるケースも多いので、そのへんが課題ですね。最近の動きとしては、社員の皆さんが積極的に障害者スポーツの大会に応援に行くようになっているのがステキです。

小倉 ソチ・パラリンピックでは、選手の所属企業の社員の方がたくさん応援にきていました。

増田 社員の一人ひとりが応援やボランティアといった形で、障害者スポーツに関わりをもつようになると、状況が変わるかもしれません。


■合同練習はオリンピック選手にもプラス

対談をすすめる増田さん写真:対談をすすめる増田さん(写真奥)

増田 マーラー・ヤマウチさんという方がいます。北京オリンピックの女子マラソンで6位に入賞した選手です。イギリスの外交官で、ご主人は日本人です。彼女が北京オリンピックのイギリス代表になった時、イギリスチームはオリンピック・パラリンピック選手の合同合宿を行いました。その時の感想をマーラーさんは、「健常者が障害者から学ぶことの方が多かった」と言っていました。逆かと思っていたのですが、残っている機能を最大限生かそうとする体の使い方がとても参考になったというのです。

小倉 私も下手ですがテニスを少しやるので、国枝慎吾選手のプレイを見ているととても参考になります。障害者のプレイから学ぶという意味は、よく分かります。

増田 日本でも、オリンピックとパラリンピックの選手が2020年に向けて一緒にやっていく機会が増えるといいですね。それが実現できたら、競技が終わった後のパレードなども一緒にできるようになると思います。

小倉 バリアフリーに関してはどう思われますか?

増田 まだ不十分だと思います。競技大会の会場はバリアフリーが進んでいますが、会場に行くまでに疲れてしまうという声をよく聞きます。街中を車椅子で移動していると、縁石があったり、エレベーターがなかったりで、とても苦労するというのです。2020年に向けて、街全体のバリアフリー化をさらに進めることも課題の一つでしょうね。

小倉 それが結果的には、高齢者の方にとっても優しい街になるでしょうからね。

増田 それから、心のバリアフリーも大切です。例えば、駅で白い杖を持っている人がいても、どういうふうに声をかけたらいいのか分からない人がたくさんいます。健常者と障害者が自然に触れ合える機会を増やしていけば、もっと自然に接することができるようになると思います。 

小倉 心のバリアフリーを進める上で、一つのアイデアがあります。まずレディファースト運動から始めたらどうかと思っているのです。

増田 それはどういうことですか?

小倉 白い杖を持った方や車椅子に乗った方に手をお貸しするのは相手次第のところもあって多少勇気がいるかもしれませんが、レディファーストならごく自然に始められるのではないでしょうか。まず、総理官邸とか中央官庁、東京都庁などでレディファースト運動を始めてもらう。そしてそこから広げて、高齢者や赤ちゃんと一緒のお母さん、障害者へとハードルを下げていったらどうかと思っています。ただし、賛同者がどこまで出てくるか...。

増田 社会の空気を変えるきっかけとしてのレディファースト運動って、とてもいいアイデアだと思います。日本が何かワンランク上に行くような感じがして。ぜひ、進めていっていただきたいですね。

対談を終えて写真:対談を終えて


増田明美さんプロフィール写真

増田明美 スポーツジャーナリスト。大阪芸術大学教授。1964年生まれ。1984年のロス五輪に出場。92年に引退するまでに日本最高記録12回、世界最高記録2回更新。2001年から10年間、文部科学省中央教育審議会委員を務める。全国高等学校体育連盟理事、日本陸上競技連盟評議員、日本障がい者スポーツ協会評議員。



小倉プロフィールフォト.jpg小倉和夫 日本財団パラリンピック研究会代表、日本財団パラリンピックサポートセンター理事長。1938年生まれ。外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使、国際交流基金理事長などを歴任。2020年東京オリンピック・パラリンピック招致では評議会事務総長を務める。青山学院大学特別招聘教授。