第36回ワークショップ

2020年1月14日
テーマ:パラリンピックとスポーツ倫理能力主義を中心に考える
講演者:熊谷晋一郎氏(東京大学先端科学技術研究センター・東京大学バリアフリー支援室)

 当事者研究において、当事者とそれを取り巻く人々は受動的な消費者ではなく、能動的で重要なエージェントとされる共同創造(Co-production)のアプローチは非常に重要である。英国では先進的に当事者研究が行われ、医療分野だけでなく、研究一般にも応用されている。東京大学では、共同創造の取り組みを2012年より開始し、障がい当事者を研究者として雇用するなど、環境整備・人的支援を進めている。

 これまで述べられてきた障がい者に関する二つの主張を整理する。一つ目は、適切なサポートで障がいのある人も能力を発揮できる社会を実現すべきというものである。二つ目は、能力の有無を超えて尊厳のある人生を歩む権利があるというものだ。前者には能力主義という前提が存在する。パラアスリートについて議論する際に、前者の重要性が強調されすぎているのではないだろうか。相模原障がい者施設殺傷事件における被告のコメントは、能力主義や優生思想の表れと言えるだろう。そこでは、能力と生存の物差しが関連づけられてしまっている。後者においては、生存を尊重するためには二つの物差しは分離しなければならない。しかしながら、そのどちらの主張も社会にとって必要なのである。

 2017年に東京大学先端科学技術研究センターの熊谷研究室が中心となって「能力主義的環境におけるスティグマとウェルビーイングに配慮したパフォーマンス向上に関する研究会」を発足した。研究会の目的は、アスリート当事者の視点からどのような研究が必要か検討する前提のもと、成績向上だけでなく人生全体のウェルビーイングを考えること、敗北や精神力の弱さは恥ずかしいものであるというスティグマにより、助けを求められない当事者の環境を変えること、その環境整備と成績向上の両立に努めることにある。研究会メンバーには、研究者のみならずアスリート当事者も含まれており、様々なテーマを扱う。具体的には、トップアスリート引退後の依存症やパラリンピアンが抱える葛藤、責めない文化を目指す取り組み、アスリートの抱える金銭的な負担、アスリートキャリアをどのように支援するかなどが挙げられる。アスリートやパラアスリートが背負わされる公的・自己・構造的スティグマによって、社会的孤立や健康への悪影響なども懸念される。研究会のアウトプットとしては、アスリートが弱さや困難をオープンに語ることができ、それが共有される文化をスポーツ界に根付かせること、東京2020大会までに当事者の立場から優先度の高い研究テーマを提言することを目指している。

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