第37回ワークショップ
2021年4月27日
テーマ:「パラリンピック教育の現状と課題:東京都と千葉県の小学校・中学校・特別支援学校を対象とした調査結果より」
報告者:渡正氏(順天堂大学スポーツ健康科学部准教授)、中島裕子(日本財団パラリンピックサポートセンターパラリンピック研究会主任研究員)
パラリンピック研究会と順天堂大学スポーツ健康科学部 渡正研究室は、東京都と千葉県の小学校・中学校・特別支援学校を対象として、パラリンピック教育に関するアンケート調査とヒアリング調査を実施(2019年度11月~3月)した。調査結果から、パラリンピック教育を取り巻く現状と課題を検討し、東京大会後もパラリンピック教育が教育現場に無形レガシーとして残るためには何が必要なのかについて考察を加えた。
1.アンケート調査報告
調査結果より、パラリンピック教育が東京都と千葉県にある多くの小・中・特別支援学校で実施されていること、教員がパラリンピック教育の意義や効果をかなりの割合で感じていることが明らかとなった。パラリンピック教育に関する期待値や効果値、自由記述をみる限り、パラリンピック教育の内容を否定する意見はごくわずかであり、児童・生徒が障がい者理解、共生社会理解を深めるツールとして、パラリンピック教育自体は概ね肯定的に捉えられていた。
その反面、学習時間の確保の難しさ、授業準備の負担の大きさ、予算の無さなどの声が多数挙げられていることから、教育現場における人的・時間的・予算的に厳しい状況が、パラリンピック教育の実施に影を落としていることが分かった。また、パラリンピック教育の実施理由として、東京大会の開催や自治体・教育委員会などからの働きかけを挙げた割合が高いこと、加えて、今後継続しない・継続するかわからないと回答した理由として「東京大会が終わるから」が最も多く挙がっていることなどから、パラリンピック教育の実施は外部からの働きかけが実施の大きな要因であって、一過性な取り組みであると捉えられている様子も窺えた。
パラ教育を教育現場に無形のレガシーとして残していくためには、教員および教育関係者を対象とした研修プログラムの拡充、パラアスリートの学校派遣をコーディネートする窓口の継続設置、外部講師に頼らずとも教員が単独で授業を実施できるための共生社会実現を主眼とした教材の開発および更新、加えて、特別支援学校用の教材の開発が望まれる。しかしながら、新しいプログラムの導入には現場での障壁が多いことから、学校環境の実態に合わせた既存のシステムとの融合を模索していくことが求められる。パラリンピックという枠組みに縛られることなく、人権学習や障害理解教育など、これまでに教育現場で推進されてきている共生社会プログラムや、誰一人取り残さない社会の実現を目指しているSDGsプログラムとの連携に期待したい。
2.インタビュー調査報告
アンケート調査回答校の中から、パラリンピック教育実施校16校、非実施校2校に対し調査を行った。半構造化インタビューを行い、修正されたグラウンドセオリーを基本としてキーワードを割り当て、「開始理由」「目的」「カリキュラム上の位置づけ」「実践の内容」「継続に関わる課題」「レガシー化に向けた課題」の6つのカテゴリーを生成した。
(1) パラリンピック教育の開始理由:<パラリンピック大会の開催決定>が出発点として存在し、それを受けた<行政によるパラリンピック教育実施の通知>や<行政による(推進校選定などの)促進>によって各校での取り組みが生まれた。また、<教員個人のつながり>から教育が実施されていることや、<前任校での経験>を活かして異動先でもパラリンピック教育を実施したことなどが浮かび上がった。
(2) パラリンピック教育の目的:<パラリンピック・パラスポーツに関心をもつきっかけ>や<競技・ルールの理解>を促進する【パラリンピックそのものについての学び】と、<共生社会><他者理解><障害理解>などの【パラリンピックを通じた学び】という二つの側面が見えてきた。また、両者にまたがる内容として<アダプテッドの視点>などに教員が意義を見出していたことも明らかになった。
(3) カリキュラム上の位置づけ:<総合><体育・保健体育><道徳><全校集会>などで実施される頻度が高く、横断的に様々な<教科との関連>を持たせることに教員が苦心していることが分かった。
(4) 実践内容:パラリンピアンらによる<講演会><体験・交流授業>に児童・生徒が高い共感を示したことが確認され、<調べ学習>を中心とした<座学>やパラスポーツを<教材>とした<実技>などが行われていた。
(5) 継続のための課題:準備の負担や時間のなさなどの<教員の負担感>、およびパラスポーツ実施に必要となる道具の調達や講師の招聘に関わる<予算措置>の脆弱さが、教育を実施する際の阻害要因として大きく関わっていた。<ねらいの設定><効果測定の難しさ>も課題として挙がってきたが、特に、<年間指導計画への位置づけ>の有無がパラリンピック教育の継続性に強い影響を与えていた。
(6) レガシー化に向けた課題:学校の理念やこれまで取り組んできた教育目標などの<学校の特色・校風>との融合、<管理職の理解>や<他教員との協力>も相まって<既存活動の組み換え>を可能とすることで、レガシー化に貢献できることが浮かび上がった。また、自治体やその他の組織などの<行政や外部アクターによる環境整備>の必要性も析出された。
本調査結果を通して得られたレガシー化に向けた知見を三つ挙げる。
① 学校外の<アクター>の重要性
教員の負担感軽減のため、国際パラリンピック委員会(IPC)公認教材『I'mPOSSIBLE(アイムポッシブル)』日本版をグッドプラクティスとして、今後も様々なアクターによって教材開発が促進されるべきである。また、道具の調達についても自治体、パラサポ、大学などの学校外アクターの存在が重要となる。
② パラリンピック教育と学校の特色・校風とのマッチング
すでに行われている活動にパラリンピック教育を埋め込んでいくことにより、パラリンピック大会後もパラリンピック教育が継続され、年間指導計画への位置づけも可能となる。
③ 組織・制度へのアプローチの重要性
教員個人や学校単体ではなく、自治体、大学、その他関連組織を含めた環境整備が必要であり、地域を一体化したチームとしてパラリンピック教育を推進していく体制構築が求められる。また、管理職や自治体職員の研修も、レガシー化のための大きな支えとなるであろう。